ミケーレの自叙伝Rubare la vita agli altriの中で、両親について少し語っています。
どうやらミケーレの母親はミケーレの父親より2歳年上。
幼馴染のようで、昔からの知り合いだったみたいです。
ミケーレの父親(名前は公表していない)は、若い頃はギターを弾いて
歌を歌うのが大好きな青年でおしゃれにも気を遣うほどの多少の経済的余裕があり、
人気者だったそうです。
母親の詳細な記述はないのですが、専業主婦で3人の男の子を育てました。
隔週日曜日は祖父母のお家で夕食を食べていたみたいで、
リゾットが好きだと祖母に告げたら沢山作ってくれて食べるののが大変だったとか、
祖父(恐らく母方)の名前もミケーレだったとか、
年の離れた弟達(5歳違い、10歳違い)とはあまり遊ばなかったなどの記述があります。
ミケーレは故郷ターラントの夕焼けがとても好きらしく思い出に強く残っているそうです。
学校帰り、夕陽のピンク色が工場の煙突を染めていう様子を見ながら、
時には歌を歌いながらお家へ帰っていたそうです。
そして、その工場の煙突から出る煙は水蒸気だから安心だ、と言われていた、など、
小さい頃の思い出話が最初の章でわりと割かれています。
そして少年時代のミケーレの髪の色は今よりもっと明るい色で金髪に近い色だったとか。
段々変化していったのでしょうね。
(高校生時代はその髪を伸ばし、三つ編みにして、丸い眼鏡をかけていた、そうです)
とは言え、最初は「え?」と思いましたが、ミケーレが24、5歳の頃TV出演している
映像を見ると髪の色がかなり明るい亜麻色でしたのでその片鱗は伺えます。